５号室。90歳の女性。「私、どうなってるの？このまま？治るの？治らないの？」。心不全と肺の病気があって入院、それから寝たきりに。元気なころは赤い1800ccの車で通院していた。友だちとデパートの地下のお店でランチ。おしゃべりが好きだった。仕事は化粧品の販売。お客さんが沢山付いた。売り上げ、この地区で№１。「ずっとよ、何十年も」。息子さんと娘さんがいる。東京と神戸。「近くだったらいいんだけどね」。助手さん「どこの家も同じですよ」、と慰める。「そうよね」と自分で自分を慰める。
最近、元気がない。酸素吸入しながら寝込んでる。「どうですか？」と起こしてしまった。「あっ、先生。手も足もむくみが取れて、寝てると楽。でもちょっと動いただけで息切れする」。一息して、「先生、私、死ぬの？」と直球の問い。「そんなことないよ」と間髪入れず返球する。「ご主人、何年前でしたか」と話題を変えてみた。ご主人はここで亡くなった。「７年前ですよ」と言ったあと「源蔵はいけません」と続き、目が輝いてきた。「外ヅラだけよ。酒とタバコ、パチンコに競馬、それに女。飲む打つ買う、よ。公務員なのに。借金が◎△×○万円。返したわよ、私。働いて」。何だか生き生きしてきた。次の日の回診、うたたね中、何かが口に刺さっている。よく見ると歯間ブラシ。薄目を開けて「お肌と歯は手入れが大切なの」。東京から息子が帰ってきた。「おやじ優しかったですよ」。彼女の表情、母親顔に。「先生、少し楽」。
その後もご主人のことに触れると、スイッチが入りあの悪口フレーズが流れ出る。一字一句、違わない。◎△×○の数字を聞き、口から出ている歯間ブラシを見ていると、しばらくは大丈夫、とこちらは安堵する
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