枕元の携帯が鳴る。反射的に取るが画面操作に手間取り、呼び鈴が２回鳴った。「もしもし」「訪問看護師です。寺西さん、着陸されたようです。私は今向かっています」。枕元の目覚まし時計のランプボタンを押すと４時ちょうど。風呂場の横の脱衣場で着替えて車に乗る。急いで行動するが救急隊員のようにはいかない。９月も中旬になると４時は真っ暗。車も走っていない。街の信号の多くは点滅。その家は千代川西300ｍ。迷ってはいけない、家を間違えてはいけない。街並みは昼間と夜中は別のもの。家の前に訪問看護師の車があり、ほっとする。
「父が２階に起こしに来て、見たら息してなくて」と娘さん。患者さんは長年のがんが１年前に再発。あちこちに転移があったが「痛いことありません、食べれます」と予想外に元気な日々を送っていた。「えらかったら入院せえよ、って言うですが家がええって」と大きな声でご主人。重度の難聴で、声はでかい。「父、寝息が止まるの、聞こえなかったみたいです」。最近は点滴だけ、るいそうが進んでいたが、着陸のあとのお顔、おだやかだった。お水でお別れをした。４時25分。「お世話になりました」とご主人、小さな声。エンゼルケアを看護師と娘さんに依頼。ぼくは診断書を書くため診療所に向かった。
帰り、千代川の川岸で車を止めた。広々とした大空。無数の星が見えた。真上に孤高な光を放つ木星、東の空に一層明るく輝く金星。金星に出会うのは久しぶり。その中間に懐かしい星座が目に留まった。冬の星座、オリオン。冬の三角形も堂々と君臨していた。異常な暑さ、大災害、戦いで混乱する地球。その向こうにある悠久な世界に出会って、なんだかほっとした。
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