やっと10月に入った。この夏は暑かった。毎年同じことを言っている。
６月下旬から夏だった。お盆が過ぎたら涼しくなる、と昔の人は言ったが今はもうそんなことはない。がんがんに暑かった。往診中、冷えた麦茶、何度も飲んだ。気温37度。「今日もかよう」の日々。９月に入れば少しは、なんてことはなかった。「暑さ寒さも彼岸まで」、なんてこともなかった。古(いにしえ)からの言い伝えは崩壊を始めている。
日没は古からの法則を守り、午後６時を過ぎると空が暗くなる。屋上に上がる。陽は落ち、空は茜色。西の空に綺麗な三日月。刻々と明るさを増す。東の空にはこぼれんばかりの木星。ぼくはこの木星が大好き。憧れる。じっと見つめれば少し離れて土星。この２つの星の中点を少し下がったところにも星があった。調べると「みなみのうお座」の１等星の「フォーマルハウト」。知らん星。
シュルルルーと鋭い音が流れていった。闇の中を飛翔するムク鳥の群れ。20匹くらい。去ったかと思えば、また別の一群がシュルルルー。次々とやってきて、隣地の背高い木に止まり、すぐに駅の方へ飛び立つ。
屋上を一周する。プーンと甘い匂いが漂う。金木犀。木犀の香りはてっきり空から地へと降りていると思ってたのに、地から空へと立ち上がってもいるんだ。さすがにもう蝉の声はしなくなったが、代って秋の虫の鳴き声がする。身体は小さいのに鳴き声は四方八方から屋上まで届き、響き渡る。陽が落ちると、目や鼻や耳で秋の訪れをようやく確信する。
「あっ、先生」。看護師と車椅子に乗った55才のＫ子さんが屋上にやってきた。「あっ、月」。腹水を抜いて少し楽そう。「三日月ですねー」「あっ、星も」「ほんと」。涼しい秋の風が吹いてきた。 |
