夜の豪雨の翌日は梅雨明けのような暑さ。６月の土曜の午前、「家に帰ろう」プロジェクトが動いた。「このまま入院してたら、皆さんに迷惑かける」と77才の女性。病状の進行がゆっくりなことに罪悪感を覚えた。18年前のがんの手術後、病状は一進一退。今年になって胸水が溜り、入院。胸水穿刺後はまた一進一退。「私だけが５ヵ月も病室占領して申し訳ない」と俯(うつむ)く。ピアノが流れるラウンジにも出ず病室に引きこもる。猛暑到来で食欲が落ちやせた。「家がいい。でも、兄に迷惑かける」と俯(うつむ)く。「迷惑」が頭を占領している。未婚同士の兄妹の二人暮らし。家は郊外の農村のはずれ。下の世話まで兄には頼めない。
「妹が家がいいって言うなら、わしが最期を看ます」。「ほんとは、家がいい」と女性。そうならそうれー、と冒頭のチームが２台の車で動いた。地図を見ても分かりにくい。在宅チームのイの一番は、その家に無事に辿り着くこと。先頭車に受け持ちナースと在宅ナースとぼく。２台目に患者さんと酸素濃縮器ともう一人の在宅ナースに介護福祉士。山道に入って、左に曲って細い橋を渡って左に折れて右に折れる。夏日が照りつける。兄さんが迎えてくれた。所要時間、25分。夜中は迷いそう。
古い木造家屋。栗の木の縁側。４人で抱えて木製ベッドに「よいっしょっ」。「嬉しい、気が落ち着きます」。久しぶりに見る笑顔。整理整頓した兄さんが訪問看護師に聞く。「何も食べん、水だけでいいですか？」。「点滴が24時間落ちてます。看護師、毎日来ますから。急な用はいつでも診療所に電話を」。
確かに家はいい。自然がある、その人になじむ、思い出がある、懐かしい匂いがする、風が通る。「ありがとう、ございます」と兄と妹。 |
