徳永進_エッセイ

野の花あったか話



第２４７回　　　流れ星葬




	往診先に大きなゴールデンレトリバーがいる。ベッドの横を歩き台所を回り、タオルをくわえやってくる。　「娘は、」と患者さん。東京で仕事をしているとのこと。仕事を聞いて驚いた。「人工流れ星の仕事です」。あれって鳥取の人のことかあ。「あの子は破天荒なとこがある、って主人が自慢してました」。ご主人は３年前他界。人工流れ星、面白そう。往診なのにいろいろ質問してみた。ゴールデンも隣りに座って話を聞いている。舌もくちびるも大きい。　「宇宙飛行士に頼むの？」「いえ人工衛星にビー玉のようなものを乗せて」「誰が放つ？」「地上の操作で、場所と時間を設定して」「ＮＡＳＡの仕事？」「いえ、このプロジェクトのために研究者に協力してもらい、寄附金を自分で集めて」。ゴールデンは、台所へ。　流れ星は自然なのがいいと思う。でも自然のはなかなか見られない。そこで人工流れ星か。綺麗で平和の使者になるならいいか。今の世の中閉塞感で満ち満ちる。人工流れ星は闇を開く希望の星になるかも知れない。　でも人工流れ星、誰が必要とするんだろう。「娘にも聞いたけど、プロポーズや結婚式に」。誕生日、ひな祭りや端午の節句もあるかも知れない。待てよ、と妄想が走った。亡き骸の骨をビー玉にして「流れ星葬」に打って出る人はないだろうか。亡くなった人にもう一度会いたいと願う家族が流れ星を希望するかも知れない。診療所の屋上で夜空の流れ星に皆で一礼、が未来のグリーフケアの姿になるかなあ。　「私も娘の人工流れ星見てみたい。今年は成功するかなあ、でもそれまで生きてるかなあ、無理かなあ」と患者さんはおっしゃった。ゴールデンが台所から戻ってきた。


	（ 2022年4月23日朝日新聞掲載。2022年4月21日記)

	★この原稿は、朝日新聞鳥取県版連載の『野の花あったか話』（徳永進）のオリジナル原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。

エッセイ目次に帰る

Home へ