「外線です、東京から」と受付嬢。「突然にすみません」と男性の声。「フリーの女性編集者ががんの末期で、そちらに入院出来ないかって。胸には水が溜まってるようです」。その編集者、知っている。ぼくの本も作ってくれた。何度も診療所に来てくれた。東京は遠いな、移動中に急変もありうる。家族のこともある。死後、骨になって帰るか遺体のままかも考えないといけない。「東京のままがいいと思う」と即答した。メイルアドレスを女性に、と伝えた。
数日後、男性からレターパックが届いた。中に小冊子があった。診療所発行の通信に掲載された写真や言葉を編集して自分の最後の仕事にと言ってる、と書き添えてあった。病状の全てを知った彼女は、一時期を息子と家で過ごし、最後は東京のホスピスに入り、他界した。「骨を持っていつか鳥取にお邪魔します」と男性からハガキ。
４月の上旬の土曜日、うららかな春の日。男性は女友達２人と診療所にやってきた。「ご苦労さまでした」と労う。「骨は？」と尋ねた。男性は肩下げバックから小さな透明の袋を取り出した。白い骨の細片。骨になって女性は診療所を訪れた。ぼくは深く一礼。玄関先の立ち話しで、あの冊子、形にしたいと伝えた。屋上を案内した。街の中心を流れる袋(ふくろ)川(がわ)沿いの桜並木が見える。降りて３人を車で桜土手に送り、桜の下の散歩ご賞味あれと別れた。そのあとぼくはもう一つの川、千代川(せんだいがわ)の広い河川敷をめざした。小冊子の菜の花の写真が雲で少し暗いので撮り直しておこうと思った。今年の河川敷、遠くまで続く一面の菜の花。往診車を道端に止め、黄色の中に飛び込み、春の青空背景にパチリ、パチリ。よい小冊子を届けねばならじと、パチリ、パチリ。 |
