３月26日の土曜日、西日本は低気圧に襲われ、突風が吹き荒れた。朝、診療所の玄関に並んでいた自転車は軒並み横倒れ。入口の面会注意事項を書いた掲示板も吹っ飛んだ。その日はコロナワクチンの接種日。やってきた人の帽子が駐車場を転(ころ)がった。血液検査会社から飛行便欠航のため「本日、検体の集荷不能」と一報。「停電になって、在宅酸素濃縮器が止まってるんですが」と家族から電話。「息が止まったようです」と別の電話。急いで往診用の車に乗った。赤信号で止まると車体が風で左右に揺れる。到着すると60代の息子さん２人と50代の娘さんの３人がベッドサイドに立って、98才の母の手を握っていた。39日間の家での健闘をねぎらった。台所を借りて診断書を書かせてもらう。
昼前、救急車が来た。総合病院での治療が終わり、ゆっくりとした時間を過ごしたい、と転院。病室の外、隣家の庭の枝々が大きく揺れている。昼過ぎて８号室の弘じいさんが亡くなった。心不全と肺炎を繰り返したあとの老衰。お別れの水は大好きだった焼酎の「いいとも」。霊柩車に移る時、弘さんの白い布団が風で飛ばされそうだった。一列に並んだ看護師さん、サッカーのペナルティキックのボールに立ち向かう選手たちのように、風に立ち向かった。かがんだり、ジャンプしたり背を向けたりして髪は乱れた。見たことがない強風の中の一礼。
夕方、いつもの散歩道に行った。山はゴウゴウと唸り、竹やぶは弓状にしなり、道は倒木で遮断。最大風速34.2ｍ／分。夜にも電話。がん性疼痛を訴える若い人から初めての往診依頼。身も心も起動しない。お店の「準備中」の札が浮かぶ。行った、アパートの４階。両背に激しい痛み。夜更けるまで、春嵐は続いた。 |
