「79才女性、そちらの診療所を希望されてます」と総合病院の内科から。「どうぞ」。翌日の午後、救急車で来院。ちょっと動いても頻呼吸。「胸水（胸に貯まった水）穿刺しても楽にならず」と紹介状にあった。O2吸入を開始し「初めまして」とあいさつすると「初めてじゃありません」。「主人を家で看取っていただきました」。こんな時が困る。「ああ、〇村の×病の△さん」とすぐに思い出せない。「郊外の町営住宅に住んどりました」。そこで思い出した。「タバコの好きな」。「そうです、総合病院で叱られてこっちの診療所に放うられて」。
タバコを吸う姿が甦った。1日３本と決めてたが守れず、挙句の果てに酸素吸入の鼻カニューレを焦がした。叱ると「家に帰るっ」。その時のカルテを探してもらった。平成17年１月。えー、17年も経ってる。その時の写真がカルテに貼ってあった。家の木製のベッドに男性は寝ていて、５才の孫が横でピースポーズ。座卓の上のコンロに昆布入り湯豆腐鍋がある。3人の息子が各自仕事の合間に食べていく。トラック運転手、警備員、建築労働者。焼酎もある。「湯豆腐かあー、ホスピス病棟の負けー」と思ったことを思い出す。あの年は大雪で、雪を掻き掻き往診した。次々に〇×△が思い出された。
夕方、次男が孫と来た。孫は背が伸び、えー、あの孫かあ、と思った。「俺の子じゃないけどおふくろと二人で育てました。兄貴、わけありで家出て新しい家庭持って」。孫が「ぼくにとってお母さんです」と言う。すると息切れしながら「先生、頼みが、一つ」と患者さん。「次男、独身で、ええ嫁さん、見つけてやって」。えー、そんな場面じゃないのに、と思いながら「えっ、はっ、はい」と答えてしまった。 |
