多様化社会を、と言ってみるものの現実は、単一化社会に向かっているよう。
がんに対して免疫賦活作用があると言われるワクチンを打ちに来る87才の咲子さん。総合病院で悪性腫瘍の診断を受け、治療受け、小健康状態となって診療所にやってきた。住まいは郊外。天気の良い日は自転車で。耳下腺部の腫瘤は縮小、顔も身なりも明るい。診察室にも笑顔が先に入ってくる。「元気でーす、食べれまーす」。独居。「アレを！」とワクチンを打って笑顔で帰っていく。
ところが先日の受診の時、髪はバンバラ、衣服は乱れ、目はつり上がっていた。「どうされました？」「どうもこうも、腹が立って、もう許せません！」。話はこうだ。受診日、空は晴れていて、自転車こいで診療所に向かった。途中でいつになく息切れがして（咲子さん、慢性心不全もある）、自転車を大通りのドラッグストアに止めた。ゆっくり歩いていると、足がピチピチにむくみ靴ズレがしてきた。えいっ、と靴を脱ぎ、一足ずつ両手に持ち、バッグを肩に裸足で道を歩いていた。
事件はここから始まった。親切な通行人が「１１９」に通報した。「認知症のおばあさんがトボトボ歩いて道に迷っているようです（推測）」。パトカーが２台現われた。咲子さん、５～６人のお巡りさんに囲まれ、車に乗るよう言われた。「なんでえ、いやです」と拒んだ。家族の連絡先を聞かれ、お嫁さんの電話番号を教えた。「足が張れて、靴が合わなくなって脱いで歩ってるだけなの。あんたたち、こんなに集まって、暇なの！」と説教までした。お嫁さんが来てくれて解放された。「腹立って」と診察室でも怒りが止まらない。監視社会、中国だけのことではなさそうだ。
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