今年の９月21日の中秋の日は、満月。中秋と満月が重なるのは８年振りらしい。診療所には屋上がある。大きな病院と違って、ベッドのままで屋上に上がれる。千代川の河原で打ち上げられる花火大会の日は、ベッドが４台、車椅子が３台くらい並び、家族や職員も集まって、多くの人で夜空の花火を楽しむ。コロナ禍で花火大会は２年続けて中止。夏の夜空も屋上も寂しそう。
お月さんに中止はない。中秋の日の夕方、「そうだ、屋上でお月見しよっ」。看護師さん、屋上に上がれそうな人をリストアップ。申し送りを終え、夕方の６時から月を待った。早過ぎた。７時を過ぎるころ、山の端が明るくなったが、灰色の雲が邪魔をする。「あっ、見えた！」「あっ、隠れた」。月より団子派の患者さんや「月どころではない」という患者さんが多く、屋上にやってきた患者さん、２人だけ。
「ここ、屋上あるんだあ、知らなかったー。なんか泣けてくるー」。患者さんじゃなく女性の助手さん。自分の病気の治療を終えて、この診療所に就職して２ヵ月。「この風、空気、町の眺め。自分の病気や死んだ母のことがガバーッと胸に」と両目をふく。月は雲間にチラッチラッと姿の一端を見せるだけ。皆が去る。ぼくは屋上と詰所を行ったり来たり。雲が去り、お月さん、全貌を見せ始めた。詰所の看護師さんに報告。「残念、さっきなら患者さん、喜んだのに」。夜空の丁度真上に木星がいた。屋上案内夫のぼくは看護師に説明する。「木星横２ｍの弱い光の星、土星です。夕方、西の空に金星と火星が輝いていました」。
夜中、満月は17号室を窓から覗き込んでいた。当直看護師が月とねたきりの老女のツーショットを逃(のが)さなかった。その一枚が、翌朝のカンファランスで紹介された。 |
