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| 野の花あったか話 |
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| 野の花あったか話 |
第２２８回 笑う患者さん |
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| 「痛みありますか？」と聞くと「ここがちょっと、はははっ」と答える。「眠れましたか？」と聞くと「あはははっ、寝た寝た」。会話に必ず笑いが入る60才の入院患者さん。 廊下を歩いているので後ろから肩をポンと叩くと「はははっ、リハビリ、リハビリ。歩かんとなあ、あはははっ」。車椅子に乗って自走してることもある。急に直角に曲がる技もある。「うまい！」と声掛けると「昔、車椅子バスケやってた、わはははっ」。洗面器を持って歩いていた。「どこに？」「風呂、風呂、あはははっ」。上がってきた時、「どうでした？」「ぃい湯～だね、だはははっ」。 病室に金魚を飼っている。小さな水槽に大きな金魚が10匹、密集。赤に白に橙に赤白のブチ、白黒のブチに黒に。黒のひれは鳥のように大きい。「誰が買った？」「わし、ふはははっ」。「エサやりは？」「わし」。水槽が透き通った日、「誰、掃除したのは？」「わし、他に誰がする？だはははっ」。 ある日「退院する。母親がボケた」と。85才の母は「ボケとりません。ワシもトシ、病気のアレの世話はムリ」と。彼は寂しい。ベッドを談話室に移し、病室にお母さん用のと布団二枚並べて敷いた。「はははっ、久しぶりだ、ダブルで寝たの」。お母さんが帰った翌日、水槽から黒の金魚がいなくなった。「どこへ行ったんだ？窓から飛んで行ったか、ははっ」と元気なし。先日は詰所の前で「ゆ」と。「お風呂？」「違う、ゆ。看護婦さんが沸かしとる」「お湯？」「そう、コーヒー、ブラック、一日５杯、がはははっ」。 毎朝の職員の「おはよう」には「はははっ、おはよう」。「おはよう」だけで笑える。どこから湧くのだろう、あの笑う力。 |
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| （ 2021年3月15日朝日新聞掲載。2021年3月9日記) |
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| ★この原稿は、朝日新聞鳥取県版連載の『野の花あったか話』（徳永進）のオリジナル原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。 |
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