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野の花あったか話



   第225回   サカタの殺し屋
 



 いろいろな理由(わけ)あって診療所に辿り着いた77才の小柄なハナさん。夜中の独語、大声、頻回のナースコール。看護師が駆け付けると「サカタの殺し屋が胸荒けて息が苦しい」ととんがった顔で。タバコが好きで、肺気腫で、腫瘍もある。部屋に殺し屋はいない。人が出入りした気配もない。認知症と診断される前から精神疾患があった。専門病院への通院は拒む。「ありゃ牢屋だ」。看護師が酸素吸入勧めるも拒否。治療薬の入った点滴をしようとすると「やめて、昔、点滴で死にかけた」と拒否。夜も寝れそうでなく睡眠薬を勧めると「薬、薬、ここは薬漬けか」と怒る。ご飯も拒む。煮魚も肉ジャガもサラダも拒否。娘さんの差し入れた刺身と巻き寿司だけは食べる。

 夜中、素足で廊下に出て絶叫。「サカタの殺し屋、頭ど突いたー」。部屋に戻すとナースコール。看護師さん、牛ではないが「もうー」。娘とも口論。娘さんと次の施設を探した。候補がいくつかあった。「腫瘍がある人ダメ」「協調性のない人ダメ」「夜中に騒ぐ人ダメ」「偏食の人ダメ」「薬飲まない人ダメ」、とどこも落選。病状進行し、施設探しは断念した。

 「ここの看護婦さん、やさしいでしょ?」と聞いてみた。即座の返事。「先生のゴマスリばっかり。女のゴマスリは男より質(たち)悪い」。「先生、」とハナさん。「自然がええ、薬は嫌い。今まで自然で治った。わし、生きたい、生きとりたい」。

 病状はさらに進行。娘さんがベッドで添い寝した翌朝、他界された。看護師と娘さんと死化粧。「迷惑かけました」。穏やかな、きれいな顔になった。「可愛い人だった」「素直な人」と死後、ナースの評価は一変。とんがった顔の下にこんな静かな顔があるんだ、と知らされる。





( 2020年11月9日朝日新聞掲載。2020年11月2日記)






この原稿は、朝日新聞鳥取県版連載の『野の花あったか話』(徳永進)のオリジナル原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。

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