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| 野の花あったか話 |
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| 野の花あったか話 |
第２１８回 春の病棟 |
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| 「おーい、おーい」。春の夕方の病棟に男性の声が響く。がんと認知症の両方を抱える高齢の人が多くなった。「おーい」の部屋に看護婦さんが駆け付ける。「おー、どうしたあ」とその患者さん。 「お父さーん、お父さーん」の大声も廊下に響く。肌の綺麗な１０３才の婦人の部屋だ。１０３才の人のお父さんって何才？。いや、連れ合い？連れ合いは70年前に結核で亡くなっていた。お父さんとは、70才の息子さんのこと。息子を探し求め「お父さーん」。 静かな部屋もある。90才の女性。老舗店の元おかみ。たまたま発見された大腸がん。無症状で、保存的な対応とした。終日テレビも見ず寝ておられる。「いかがですか？」と尋ねると、「いいですよ、先生のおかげです」。「桜、咲きましたよ」と言うと、「そうぉ？。桜、好きです」と上品な返事。別の日の回診。 「どうですか？」と尋ねて布団をはぐって胸に聴診器を当ててると、「寒いがなあ！」と怒りの声。びっくりした。看護婦さんも「いかがですか？」と聞いたそうだ。その答えが「それが分かりゃ苦労せん！」だった。もうひとつあった。夜中のこと。看護婦が病室に行くと、その患者さんベッドの三分の一上方で90度回転し短軸方向で、身動き取れなくなっていた。「ど、どうされました?!」、あわてて当直看護婦問うた。間髪入れず「こっちが聞きたいわ!!」とその上品なおかみさん。その光景が浮かんで思わず笑ってしまった。「今一番可愛い患者さん」、なのだそうだ。医療現場が生きていくには、笑いは欠かせない。 別の日の春の夕方、そのおかみの部屋に行く。「いかがです？」「さあ、あんたらみんな、寝て寝て、休んで休んで」とのどかな気成り。 |
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| （ 2020年4月10日朝日新聞掲載。2020年4月7日記) |
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| ★この原稿は、朝日新聞鳥取県版連載の『野の花あったか話』（徳永進）のオリジナル原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。 |
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