往診の依頼。69才の男性。主訴は息切れ。肺気腫で在宅酸素療法中。古いアパートの２階だった。独居。タバコの臭いが満ちていた。出身は豊中。喘鳴発作のたび豊中の病院に救急搬送されていたそうだ。そのたび鳥取に嫁いだ娘さんが呼ばれた。疲れ果て娘さん鳥取へ連れて帰った。
「話し相手一人もおらへん。帰りたい」。往診の度に聞く寂しそうな声。娘さん、アパートに毎日通い世話をした。なのに、男性の口からは「帰りたい、あそこには麻雀友達がいる」だけ。
１年半が過ぎた。娘さん諦めた。男性、豊中に帰って行った。半年が経って、ちょっと気になって携帯に掛けてみた。「先生！元気ですよ。友だちも毎日集まりありがたい、こっちで終います」。生き生きとした声が返ってきた。
別の往診依頼。同じく労作時の息切れ。73才、男性。間質性肺炎。横浜でカウンターだけの小さな焼き鳥屋をしていた。よくはやった。病気が進み故郷の鳥取へ。「点滴はせん、往診も訪問看護もいらん、家で死ぬ」と息巻いた。「あんたそれって、死んだ時、お巡りさんきて検死だよ。」と奥さん一発。一週間後の夕方、奥さんから「息が止まりそうです」と電話。病状進行、顎が動く呼吸になった。その時、宮崎から長女が帰ってきた。間に合った。「お父さーん、がんばれー」。息は続いた。一度辞した。夜９時、「止まったようです」と電話。駆け付けると弱い息が続いていた。「がんばれおやじ！」と長男。また辞した。三度目に呼ばれた時、呼吸は止まった。コーラでお別れしたのが夜中の一時六分。「あんた、鳥取帰って来てよかったね」と奥さん。目に涙。人は死の前、行ったり来たりそれぞれにそれぞれの故郷を探す。 |
