町を車で走っていると、ビビビーとポケットのスマホが振動する。「外線です。転送します」と診療所から。「先生？しんどくて、息苦しくてー」と80才の末期の女性。マンションで一人暮らし。玄関でピンポーンと押すが応答なし。いつもなら即「はいどうぞー」と元気な声がする。まさか、と不安がよぎる。どうしよう、と思った時「アッ、ハーイー」と消えそうな声がしてドアが開いた。
エレベーターに飛び乗り、素早く「９」を押し、「閉」を押す。なんだか超遅い。やっと着き駆けるが、二番目に遠い奥の部屋。遠すぎー。ドアを開け「どうですか？」。「娘、出張なんです。しんどくて」。髪乱れ、顔は白い。手足はむくみ、ぐったり。呼吸促迫。お洒落な元レディーなのに、ランニングに短パンのジャージ服。部屋、乱れる。入院！と即断した。「救急車呼びます？」。「救急車はイヤ！」。抵抗する力はあった。駐車場のぼくの往診車まで辿り着けるか？血中酸素濃度は60％。診療所に電話して、ＣＴと病室の用意を頼んだ。
急げ、と紙袋にそこら辺のタオル、パジャマ、ティッシュを放り込んだ。「これも」と手渡され、スマホに財布にカードの入ったバッグも入れた。息切れ強く、部屋を出るのがやっと。ぼくの肩につかまりまるで月面歩行。隣りの家の前でかがみ込み一休憩。「救急車呼ぶ？」。首は横。やっと三軒目、やっと五軒目。ドクターストップかけるなら今。エレベーターになんとか辿り着いた。車に乗り込む。「あっ、パンティと櫛！」と元レディ。今、それ言う？
なんとか診療所に着いた。ＣＴ室。両側胸水はあったが穿刺するほどではなかった。「よいしょっ！」、皆で病室のベッドに。O２開始。患者さんも医療者も、ホッ。 |
