「家に帰りたい！」。70才の寝たきりのがん末期の女性。「連れて帰れるかなあ？」と不安な顔のご主人。でも希望は叶えてやりたい。「３時間だけ帰ろうか」とご主人。「たったの３時間?! 家に帰ったことにならんわ！ 一泊したい！」と女性。「いつもこれです。叱られっ放し」。
二人は47年前に出会う。ご主人は鳥取の大手会社の経理係、女性はその支店の経理係で月に一回本社に報告に赴く。ご主人がデートに誘った。「女房、優しかった、昔は。今も優しい、娘や孫には」と笑う。女性の闘病は３年に及ぶ。「覚悟はできとります、私も女房も。ただ、女房、孫息子が好きで、ピカピカの高校生の学生服姿見たい、それまでは死ねれんって」。高校入試は３月８日、競争倍率、1.0倍。でも油断はできぬのだそうだ。高校入試が終るのを待っての外泊、とした。
「息はえらいし、お茶はむせるし夜は寝れんし、ハラハラでした」と、病室に戻って安堵するご主人。「苦しまんよう、楽にしてやって欲しい。でも合格発表は聞かせてやりたい」。人の気持ちはいつも反対の心で満ちる。弱い鎮静剤を使った。なかなか楽にはならず、衰弱は進んだ。「もう少しだ、がんばれー」、と孫も娘もご主人も。女性は合格発表の前日、ご主人に看取られた。
日は長くなった。診療所の玄関前、夕方の６時過ぎでも西日が射し込み、薄明るい。ご主人、夕陽の中、一歩出て、集まった職員の前に立った。あいさつの言葉出ず、顔を赤らめ、涙を浮かべ、深々一礼。
お葬式が終った日、電話してみた。「ありがとうございます、女房骨になりました。合格しました、孫。仏前で報告しとりました」。なんだか明るい声、受話器の向こうにしていた。
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