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| 野の花あったか話 |
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| 野の花あったか話 |
第188回 今年の一句 |
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| 今年も残すとこ10日余り。色々な出会い、感動、心残りがあり、色々の別れがあった。忘れられない句との出会いもあった。 63才の男性である。発病は去年の２月。上顎洞の腫瘍で、可能な治療は全部受けてこられた。診療所に転院されたのは今年の６月。目も鼻も口も変形し、嚥下が難しかった。全てを承知し、「早いがええよ先生、覚悟はできとる」と笑顔で言えた。医療者には優しかったが、奥さんにはわがままを大声で言った。奥さん負けじと応戦。廊下に元気な夫婦の声が漏れ出た。その声を聞くとなんだか救われた。喉を越える物が少なくなり、お粥もプリンも水羊羹も通らなくなった。ゴマは特に手こずった。デパートの地下の大判焼きはなぜか喉越しがよかった。奥さんせっせと買ってきた。 男性は手のひらに収まる大きさの手鏡で、自分の顔を見ていた。顔の病巣、その進行を見、そっと触っていた。日々変化する自分、自分が自分でなくなっていくのを見、そんな自分と向き合っていた。 男性は明るかった。日本アルプスの山小屋のこと、大山のこと、山野草のことをパソコンを開けながらうれしそうに語った。作っていた俳句も見せてくれた。 ７月上旬のある日、男性はベッドに座って廊下側を向き、手鏡で自分を見ていた。奥さんが突然、「あっ、お父さん、雲の間に青空が！」と。窓は男性の背側。男性は振り向かず、それまで自分を写していた手鏡の角度を窓の方にわずかに変え、手鏡をのぞき込んだ。その時に作った男性の一句。 手鏡に写してみるや梅雨の空 その時の男性の姿、奥さんの声、病室の情景が甦り、この句は今もぼくの心に残る。旅立たれたのは、７月16日。 |
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| （ 2018年12月18日朝日新聞掲載。2018年12月13日日記) |
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| ★この原稿は、朝日新聞鳥取県版連載の『野の花あったか話』（徳永進）のオリジナル原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。 |
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