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| 野の花あったか話 |
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| 野の花あったか話 |
第183回 たかがかゆみ、しゃっくり |
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| 体はいろんなことを訴える。寒気、熱発、咳に鼻水。見えない、聞こえない、しゃべれない。歯痛に頭痛、のど痛、腹痛、胸痛に背部痛。しこりに食欲不振に体重減少。 体は正直。訴えずにいられない。訴えは本人には困ったことだが、早期に病気が見つかる利点もある。訴えがないのにがんは進行していた、ということ稀ではない。 病名ががんと診断された時、誰もが難題をかかえる。可能な治療を模索する。主治医の説明を聞きながら路頭に迷う。するべき治療を受けて何年後かに再発ということもある。死のことを考える。あとどれくらい生きられるだろう。何ができるのだろう、何をするべきか。誰に会えばいいか、何を言い残しておけばいいか。骨はどうしよう。 「延命は拒否します」「安楽死を希望します」と書面を用意する人もある。死を前にすると、決意は避けられない。 そんな時、全身が痒くなったりする。家族は「たかが痒み、痒みじゃ死なないよ」とたかをくくる。栄養不良や室内の温度や湿度で、はたまた薬の副作用で痒みはひどくなる。保湿剤やかゆみ止めの注射も効かない。薬剤性過敏症候群の合併ということもある。生死問題を越えて、「この痒み、何とかしてくれ、死んでもいいー」となったりもする。 家族も心配顔になる。 しゃっくりが出て困る、ということもある。がんの末期で死について考え込んでいるのにしゃっくり、か。でもしつこいしゃっくりもある。たかがかゆみ、たかがしゃっくりと思われそうだが、死の時、しばしば小さい問題が大きな問題になる。 体は誕生から死の時まで、いたずらか福音か知らぬが、人間に数々の訴えを産出し、その手を休める、ということがない。 |
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| （ 2018年11月6日朝日新聞掲載。2018年10月26日記) |
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| ★この原稿は、朝日新聞鳥取県版連載の『野の花あったか話』（徳永進）のオリジナル原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。 |
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