往診先。「食べたいですね、うどん」。がんの末期の大工職人の男性、73才。次の時は、「久しぶりに和食屋行ってみたら、こっちの味覚が変わってか、まずかった」とがっかり顔。おいしいーって、生きる力だ、とつくづく。「あんね、夫婦二人でやってるような店が一番旨いですよ。このごろなくなりましたね」。言われてみれば、大手チェーン店の食べ物屋さんに回転寿司が目立ち、こじんまりと夫婦でやってるお店って街から消えていってる。やったらコンビニは増えているけど。
「外食できなくなりました。家内のカレーが一番」。手と足の筋肉が落ちてきた。階段の昇降が困難になった。「点滴してもらえませんか」。訪問看護師さんが点滴する。「点滴有難いけど、おいしくもなんともない」。
「死ぬ死ぬって、前の病院のお医者さんに言われましたけど、俺、もちますねえ」。退院されてかれこれ３ヶ月。予想を上回る月日に奥さん「亭主関白で困るんですけど、有難いです」と素直な顔。
「先生私ね、言ってるんですよ。骨は海にまいてくれって。海、好きなんです」「サンフランシスコの海でしょ？」と奥さん。新婚旅行で行かれたそうだ。「旅費、往復出してくれますよね」と笑ってイジメる。苦笑いして男性「いや、山陰海岸もきれいだ。山陰海岸ならどこでもいい」と急遽行先変更。「旅費かからんしね」と、低い声で奥さん。「ほんとはね」と男性。「俺、ほんとはエーゲ海がいい。行ったことないけど」。奥さんの顔に明りがさす。「いいよ、まかせて、旅費まかすね」。
グルメの話から旅の話。人は肩に力を入れたり抜いたりして、大変な事にも向き合っていく。
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