鳥取大学の近くを往診で走っていると携帯が鳴った。病棟のナースからだった。「Ｙさん、呼吸が止まりそうです」。54才のがんの末期の男性で、奥さんと娘さん２人との４人家族。慌てて、急いで診療所に戻ろうとして少し走った所で再び携帯電話。「先生、まだ大学の近くですか？だったら大学のそばの高校に寄って、次女さん拾ってあげて下さい」。
看取りより先に、亡くなる人の娘を高校へ迎えに行け、という指令を初めて受けた。早退の女の子が、ポツンと玄関先で待っていた。乗せた。診療所に向かった。「お父さん、具合が悪くなったみたいでね」。高校生は小さく頷く。「部活なんかやってる？」「いえ、何もしてません」「帰宅部かあ」、それで話が途切れる。ぎこちない間が広がる。道は渋滞していないし、それほどの遠距離でもない。なのに、診療所になかなか着かない、５月の下旬の午後。
Ｙさんはトラックの運転手。奥さんがパートで青果市場で働く。家は古い木造、２階建て。上の娘さんは看護学校の２年生。そして、次女さんが高校１年生。入院よりも、４人で雑魚寝して暮らしたわが家がいいとＹさん。１ヵ月半、在宅ホスピスとして過ごした。
腹水穿刺も畳の上の介護用ベッドで施行。居間に腹水が容器に落ちる音がする。３人の女性が見つめる。ひと月が経って体力の限界、介護の限界がやってきた。入院することになった。奥さんはホット安心。Ｙさん、一息つきアイスキャンデーのスイカバーを好んで食べた。２週間が過ぎた。もう何も喉を越さなくなった。衰弱が進んでいった。
往診車はようやく診療所へ。女子高生は車を降りると、２階の病室へ走った。少し遅れてぼくも。息を終えたＹさんのまわりで、３人の女性が立ったまま、泣いていた。
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