とりあえず仕事を終え、家に帰り、夕食を済ませ、自室に上がる。夜の10時過ぎ。断捨離だと意気込んでダンボール箱に古い本や古い資料を放り込み、リサイクルボックスに運び始めたが続かず、中途断念。新しい本や資料が逆に増え、困ったもんだと思って椅子に座る。スタンドの電球をつける。窓の外に雪、また雪、と思っていた冬の日は去り、机の上のデジタルの温度計は15・３度。冬のころは部屋に入るとひやーとして、温度計の表示は５度や６度。灯油ストーブに火を付け、椅子に敷いた電気座布団のスイッチもＯＮに。室温は10度を超え、やっとあったかくなる。
それがその夜、ストーブなしの15・３度。でも少し寒い。歳のせいか。ここでストーブはないだろう、と我慢する。「ホッホー、ホッホホッホー」とあおばずくの鳴き声が山に響く。ベトナムの方から、春先に渡ってくるらしい。鳥の声は人間の声に比べて、何倍も遠くに響く。窓を開けて空を覗くと、オリオンが西空に傾き、春の三角形が中天に見えた。木星や少し赤い星もいる。夜空が澄んでいた。
椅子に座って、読みかけの小説の続きを読んだ。差別を受けてハンセン病療養所で生きた人の言葉があった。「天生園にくる鳥たち、虫、木々、草や花。風、雨、光。全てに言葉があると私は信じます。それを聞いているだけで一日は目一杯です（要旨）」（ドリアン助川著「あん」―ポプラ文庫）。いい本だった。
温度計は17、１度を表示していた。手品みたいだ。ストーブも何もつけてない。室温はなぜ上昇した？二つ浮かんだ。一つはスタンドの電球の熱。もう一つは、ぼく自身の体温。人間の体って、空中の湯タンポにもなるんだ。
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