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| 野の花あったか話 |
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| 野の花あったか話 |
第134回 すんません |
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| 雪が舞う一月の午後、いつもの往診へ。日は長くなり始めたものの、夕方の５時前にはうす暗くなる。「おじゃまでーす。診療所ですー」と玄関の戸を引くと、「すんません、トイレです」と83才の鶴田ソラさん。ご主人が亡くなったのが10年前、茶と白のブチの小柄の老犬が亡くなったのが５年前、そこから一人暮らしが始まった。 「すんませんなあ、雪が降って」とソラさん介護用ベッドに座った。脈診て、酸素濃度見て、聴診して血圧を計った。「血圧が１６０もありますか、すんません。朝、薬は飲んだですのに」、「ああ、すんませんなあ、ベッド入れたら狭うなって」。「ああ、すんません、あかりつけんと」「ああああ、すんません、電気ストーブ、スイッチ切ったままにして」。 空調機が故障して、電気屋さんに来てもらったそうだ。18年前の商品で交換部品がない、新品を、とすすめられた。「ボーン、ボーン」と古時計が鳴った。「すんませんなあ、５分遅れとるです。主人が買って来たんです」 平均血糖値のチェックで採血しようとすると、「あっ冷たっ」とソラさん。思わず「すんませんなあ」がぼくの口から出た。「いえいえ、すんません、びっくりして」とソラさん。ちょっと世間話して、食べれてますかあ、と聞くと、「診療所の手作り弁当を届けてもらっとります、すんませんなあ」と言われ、あららあ、これまたこっちが「すんません」だわ。 帰ろうと立ち上がったら、「ああ、すんません、足の親指が痛うて」と靴下を脱ごうとされるが脱げず、看護師さんが手伝った。爪が食い込んでいた。ハサミで切った。「すんません、きたない足で。あっ、楽になりましたわ」。 玄関戸を開けると外は暗くなり、雪が舞い込んだ。「すんませんなあ、遅うならせました」。 |
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| （ 2014年1月14日記) |
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| ★この原稿は、朝日新聞鳥取県版連載の『野の花あったか話』（徳永進）のオリジナル原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。 |
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