「暖かい冬、有難いような物足りないような」とこのコラムに書いた途端、寒波に襲われた。霰がフロントガラスを打ち、空を黒い雲が覆い、白いカーテンが降りてきた。「来たか、冬」と身を引き締める。
積雪量はさほどではないのに、物置きから雪掻き道具を持ち出し、家の前の雪を掻く。幸い家の前、小さな川が流れている。スコップで雪を川に運び落とす。やり出すと止まらない。冷えた体もあったかくなる。変なもので、雪掻きが進むと達成感のようなものが湧いてくる。「これで春を待てるぞ」と心が呟く。ちょっと大袈裟。お風呂で「春は名のみのー風の寒さや～」（「早春賦」）が歌えるぞ。「この雪でかあ」と、北日本の人たちからは叱られそう。
夜中の２時過ぎ、枕元の電話が鳴る。当直の看護婦さん、「呼吸が弱くなってきました」。着替えて、白い道を診療所へ。息子さん夫婦も到着。患者さんは92才の男性。ひと月前にがんが分かる。がんというより老衰で弱っていかれた。穏やかな死。お別れが済むと、「出発、朝まで待ってもらえんかな」と息子さん。「除雪業者でして次々に仕事、入るんです」。そうかあ、皆が大切な仕事をしてるんだあ。朝の９時、霊柩車、玄関を出発。白い雪の中の見送り。
午後は雪道往診。その家に辿り着けるかどうか、それが在宅医療の第一課題。東へ10㎞の山村。雪深し。「待っとりました」と88才の女性。「便秘で腹張って」。摘便するとヤギさんのような便が20個くらい。摘便の指にも力がこもる。次は北へ３㎞のお宅。総合病院を退院して一ヵ月の66才の女性。「痛み、ましです」と笑顔。「おかげで、家で一年分生きた気分です。感謝、感謝。いつ逝っても悔いなし」と嗄れた声に力がこもる。霰が、また窓を打つ。
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