夜中の一時に枕元の携帯が鳴った。当直ナースだった。「35才の男性のＫさんのお母さんから電話でした。砂糖水飲ませたあとゴロゴロいって苦しそうって」。Ｋさんはがんの末期。電話番号を聞き、掛け直した。「呼んでも返事がなくて」とお母さん。「救急車呼んですぐ診療所へ！」と指示した。
Ｋさんは10日前の初診の人。３年以上、がんと闘ってきた。がんは肝臓の大半を占拠、おなかは大きくはり出した。そのがんはインスリンを分泌。血糖値は下がり、低血糖症状をおこした。手持ちの砂糖を何度も口にする日々。手と足はやせ、衰弱進み、立てなかった。初診の日に入院をすすめた。彼はニコッと笑って、首をヨコに振った。看護師さんが定期的に訪れる在宅ホスピスもすすめた。ニコッと笑って、首はヨコ。いい顔だった。「家で二人でやってみます。通います」とお母さん。
それから10日経っての夜中の電話だった。診療所に着くと、自家用車が一足先に到着したところだった。車からお母さんが出てきた。背に息子さんをしょってた。「先生、家出る時息しとったんですが、さっきから、息しとらんようです。失禁もしました」。くの字に息子をしょい、お母さんは処置室まで歩いた。ベッドにおろした。顔はすでにうすい紫色。手と足も冷たい。
「亡くなっておられます」と告げた。「すみません、こんな夜中に」とお母さん、頭を下げた。お父さんも頭を下げた。死を確認し、四人でお別れの水をした。看護師がお母さんと温かいタオルで清拭（きよぶ）きをした。
きっと、彼もお母さんも、死を誰にも見られたくなかった。見せなくなかった。自分たちで死に向かい、死を引き受ける。死の原始の姿。現代人がマネできない看取りの形に、頭が下がった。
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