「部屋のカーテンが、ゆらゆらと揺れたんです。風も吹いてないのに。きらきらと、秋の光りが窓から射してきて、彼だ、と思いました」。
つい一ヵ月前に50才代のご主人を亡くされた女性が診察室で語られる。「変ですか私？」と続く。二週間前には、最愛の夫を失った悲しみに向き合えず、眠れず、食べれず、どうしたらいいか、と相談にみえていた。お話を聞き、軽い抗うつ剤と安定剤、それに睡眠薬を処方した。それから十日が経っての受診。
「何か奇妙な感覚なんです。彼がいつもそこにいるようで。彼が私を、空気の輪で抱えてくれている。私はほっとして、とっても幸せなんです。いままで感じたことのない幸せな感じです。私の想念間違ってます？」。友だちに相談すると、皆が「お医者さんにかかった方がいいよ」と口を揃える、とのこと。
女性は冷静に続ける。「でも、やっぱり彼はいない、と感じることもあります。急に寂しくなります。彼の部屋を片付けたりすると、急に悲しくなります」。
彼は教師だった。アジアが好きで、貧しい国で暮らす人々を助けたいと思っていた。祈りの場を校内に作った。あらゆる領域でのマイノリティ（少数派）を支援した。大学でも落ちこぼれ的存在の大学生マイノリティを愛した。屋台部を創設し、一人一人に独自の屋台を創作させた。紙芝居屋台、八百屋屋台、クッキー屋台、ミュージック屋台。フリートーク屋台。彼は学生に人気があった。その学年たちが、彼の死の床を囲んだ。
魂という言葉が浮かんだ。目に見えないものは「存在しない」と断じることはできない。心も魂も宇宙の果ても見えない。でも、在る、と思う。彼の魂と女性の魂の双方交流でカーテンは揺れた、と思ってみた。
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