子どもは親元を離れる。進学、就職、結婚。新天地での生活を始める。親の方は育児を終え、弁当作りを終え、仕送りを終え解放される。が、それも束の間、老い、認知症になったり、がんになったり。わが子は遠地で、家庭を持ち孫もいる。老い、がんになった親たちは路頭に迷う。子も親の家に戻ること叶わず、考える。「二人でこっち来たら。面倒見るよ、主人ＯＫだし」。
87才のＹさんは娘にそう言ってもらって、ご夫婦で未知の地、鳥取へやってきた。がんである、転移している、と故郷の病院で診断を受けた。娘の家にいながら、訪問看護を受け、往診を受けることを希望した。「私ね、死ぬんです。病名も何もかんも全部聞いて知ってるんです。婿さんもよくしてくれて有り難い」。がんの末期にもかかわらず、快活にしゃべった。縁側の椅子にご主人がちょこんと座っている。「でもね先生、慌ててこっちへ来たでしょ。近所の人たちに別れも言わずに来たの。次に会う時、私は骨。きちんとあいさつしておきたい思って主人に言ったら、分かった、って」。
車で片道５時間。娘夫婦が運転し、一泊二日で四国に帰郷してきた。次の往診日。「帰ってきました。ようけ来てくれて。そうかあ、知らなんだって皆泣いて。クリーニング屋さんも。私はうれしゅうて笑って。いい別れさせてもらいました」。
３回目の往診。Ｙさん、おなかと腰の痛み、便秘を訴えた。「なんででしょ。病気の仕業ですか？」。対応策を説明した。深く頷き、こうおっしゃった。「全部のこと聞いたし、死ぬのも覚悟したし、友達と別れもしたでしょ。思い残すことなーんもない、と思ったのに、夜寝てると、あったかい涙が頬を伝って枕を濡らすんです。なんででしょ、先生」。縁側の椅子にご主人が座って、黙って聞いている。
|
