総合病院の外科医から電話が入る。がんの手術を受けて３年が経ち、腹水が溜ってきた80才の男性を紹介したい、と。家での療養を希望しておられるのだそうだ。その日の午後、息子さんと奥さんが見えた。患者さんは、世界中の人権侵害に抗議する団体、アムネスティの活動をいっしょにしたことのある人とのこと。
「家がいい、と主人決めてます」と奥さん。帰って主治医と相談され、さっそく翌日の昼過ぎの退院が決まった。介護用ベッドを手配した。
翌日の午後、往診した。初めての家。「町中の山居」という小さな看板が目に止まった。前庭に木々が植えてある。戸を引くと、左側に寺子屋のような空間がある。落ち着いた変わった空間。他者を含むわが家って面白い。奥の部屋のベッドの上に患者さんはいた。そうだ、この顔だ。よおく知っている人だ。15年振りに会った。手を取り合った。「この家、この部屋で、うれしいです、よろしく頼みます」。握り合った手に力が入った。中庭に冬の日が射した。
「ここに鳥が来るんです。主人、それが見たくって」。もみ米をまくとスズメが、リンゴを切って枝に刺すとヒヨドリがやってくるんだそうだ。おなかを見た。腹水穿刺用のチューブが留置してあった。これは助かると思った時、「あっ、来ました」。スズメが５羽、中庭にやってきた、退院を祝福するかのように。鳥の足を休める細い棒が渡してあった。「日曜大工で、この人あれもこれも自分で作ったんです」と奥さん。「昔は皆が若く死にました。私、80です。もう、むだ生きです。悔いはない」、涙が浮かぶ。「いろんな人に出会えたのがよかった。先生や看護師さんに来てもらって、何か、ほっとした気持ちになります」。涙が落ちる。力にならねば、という気持ちが自然に湧いて、もう一度手を取り合った。
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