鳥取から関西へ出張する時、特急スーパーはくとに乗る。「お席は？」と切符売り場で聞かれる。「４号車の15番」と答える。「窓側、通路側、どちらに」と聞かれ、「通路側」と答える。指定席は４号車の一番後ろの通路側。足がのばしやすい。落ち着く。
愛煙家のひとり暮らしの患者さんが入院となった。公立病院ではいくらがんの末期であっても、病室でタバコは吸えない。ぼくらの診療所では注意してもらいながらの喫煙は許される。病室の隅の、そなえ付けの机の前の椅子にその人は座って、窓の向こうの青空を見ながら、煙をくゆらせていた。一服。誰もが一服は要る。抹茶で、紅茶で、コーヒーで一服する。くたびれた時こそ、至難の時にこそ、一服が要る。死の時も。
病気が進み、その人は天井に人が見えたり、服を脱いだり、夜通ししゃべったりする。せん妄状態。県外から子どもたちや孫たちが見舞いに帰ってきてくれた。病室にあふれんばかりの人で大賑わい。その人の姿が見えない。いた、いつもの指定席にちょこんと座って、普通の人に戻って、タバコをくゆらせていた。
昔は大学の先生だった、という別の人が、最後は家でと退院されてきた。在宅での医療やケアを提供し、在宅ホスピスをこの町に広げようと思っているぼくらのチームは、さっそく家を訪ねた。がんが骨に転移し、体に出血傾向が生じていた。低酸素血症もあり、歩行がやっと。奥さんと娘さん、「家で看てやりたいんですよ」と落ち着かれている。ナースもぼくも気持ちを引き締める。一番奥のくつろぎコーナーへ案内された。中庭が見えた。古い丸テーブルの奥に先生の長年の古い指定席があった。「なんとかこの椅子に座らせてあげたいと思って」と奥さん。誰にも指定席ってある。自分が自分に戻れる指定席が。
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