その人は白い杖を叩きながら道を歩いている。40代と思われる男性だ。盲目の人。仕事を終え、リュック型カバンを背負って、わが町のわが家へ帰ってくる。人通りは多く車も次々に走ってくる。そこをコツコツと杖を叩きながら、歩道を普通に歩いている。段差のある道、横断歩道の道。車が左右からやってくる。
気を付けないと、犬を散歩している人にぶつかったり、自転車にぶつかったり、車にぶつかったりする。その人はそんなこと、ちっとも気に留めないかのように、わが家に向って堂々と歩いている。途中から左手に巾１ｍくらいの川が流れている。踏みはずしたら、２ｍ下の川に落ちてしまう。水量少なく、水深10㎝くらいだから溺れることはない。打撲や挫傷はありうる。川に面した道の端を叩きながら歩いていく。
そんな心配をしている時だった。「あ、おとうちゃーん」と三人の子どもが駆け寄ってきた。小学５年生と幼稚園児二名。その人はお父さんだった。見えてないはずなのに、子どもたちの喜び、笑う顔が見えるのだろう、笑っている。笑って杖を叩き、「こっち、危いよ」と言って、子どもたちを導いているようだ。子どもたちはその人の言うことがよく分かる。見えるのは子どもたち。見えないのはお父さん。でも、毅然と指導しているのは見えないお父さん。
子どもたちはお父さんの手を引く。「こっちこっち」と引っ張ってあげているようにも見える。細い道の向こうから車がやってくる。その人はその子らの肩を持ち、道端に横一列になることを命じる。車が通り過ぎるのをじっと待つ。車、無事過ぎる。「こっち、こっち」と三人の声がして、その人はわが家に帰ってきた。「ただいまー」。
家に帰るって冒険、毎日の大冒険。教育の原型や家族の原型を、路上で教わった。
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