豪雨が二日続いた九月の日曜の夜、診療所から携帯に電話が入った。38度に発熱した患者さんが受診を希望されているとのこと。晩酌のお酒が抜け切っていない。タクシーを呼んだ。服着替えたところでピンポーン。意外と早くタクシー着いた。「あっ、先生」と迎えにきた運転手さん。「えっ」と顔を見直した。「ミナミです、ミナミの息子です」。そうだ、南信一さんの長男さんだ。南さんはがんで、ねたきりになって在宅療養中。往診と訪問看護にうちの診療所が伺っている。息子さんがタクシー運転手ってことは知っていた。でも「どうぞ」と言われ、乗客になってみて感じた。ほんとだ、タクシー運転手だ。「大雨、降りましたねえ」とこちらから声掛けた。「昨日はすごかったですね、今日も。先ほどから小降りに」。と静かな応答。家で父君の病状、予後や余命のことを話しても、動揺なし。嘆いたりする姿もなし。「お世話になりますね」、と穏やかな対応。車に乗っても同じだった。「夜勤者と交代寸前の時、の電話でした。先生の仕事も大変ですね」。父君の話しは、お互いしなかった。
患者さんは雨なのにクーラーをつけっ放しで夜になって熱が出てきた、と。点滴をし、薬を処方した。
帰りのタクシーを呼んだ。直ぐに来た。「どうも」、と診療所の花見巡りなどで協力してくれる東さん。「雨、止みましたねえ」と東さんが声掛ける。「あれから何年になりますかねえ」とぼく。東さんが、県外の一人暮らしの同僚を連れてきたことがある。癌の末期だった。入院した。病気はゆっくりと進行。家族は来ない。ティッシュ、紙オムツ、ゼリー、ヨーグルト、桃。買ってきたのは東さん。声を掛け、手を握ってくれたりした。「あれから８年になります」と東さん。「もう、そんなに」とぼく。
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