 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
| 野の花あったか話 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
| 野の花あったか話 |
第６９回 屋上の花火２０１５ |
|
|
|
| ズッ、ドーン。鳴った。千代川の花火が始まる。 診療所は寝たままの患者さんを乗せたベッドが、そのままエレベーターで屋上まで上がれるようになっている。ドーン、バラバラ。急いで患者さんを屋上に運び上げよう。 最初に上げたのは85才のＮさん。意識無くして半年が経つ。屋上の一番奥に。二番手は、口パクで「アリガトウ」としかしゃべれない70才の人気者のＯ男さん。唾液の誤嚥があって、施設に帰れない。屋上に着いた途端に、ヒョロヒョロ、ドン、ドン、と空が明るくなった。笑ったＯ男さんの顔が照らし出された。 屋上に小さな夜店が並ぶ。ジュースにビールにかき氷におつまみ。近所の人、通院中の人、かつて入院していた人の家族。少し賑わってきた。 三番目は、がんとアルツハイマー病のある80才のＡ婦人。自分で歩いてやってきた。「私、花火、初めて。主婦で、家で、音だけ聞いてました」。ドン、パッ。「きれいですね」。Ａさん、昔は美人、今も。四番目の70才のＴさんも、昔、美人。「覚悟、できてます。早く逝かせて下さい」とおっしゃっていたが、家族と一緒に花火が見えた。「やっぱりきれいだなあ」。転移性肝腫瘍の46才のＫさんは、ご主人が押す車椅子に乗って上がってきた。二人とも自然派。静かないい光景。 次は77才のＨさんを運んだ。口腔がんでたべれない、しゃべれない、でも見える。真正面に大輪の花火。「みえてる？かあさーん」と娘さん。 県外からやってきた67才のＯさんも上がってきた。水彩画が上手な元設計士さん。るいそうが進んでいる。「わかる？」と奥さんと娘さん。Ｏさんの目は、花火を通り越し、真上の空の星を見つめていた。ドーン、ドーン。バリバリ、バリッ。 皆がそれぞれの花火を見た、それぞれの夏、の花火を。 |
|
| （ 2015年9月5日朝日新聞掲載。2015年8月31日記) |
|
| ★この原稿は、朝日新聞鳥取県版連載の『野の花あったか話』（徳永進）のオリジナル原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。 |
|
|
|
| エッセイ目次に帰る | Home へ戻る | ||
 |
| Copyright © 2002 Nonohana Sinryoujyo. All Rights Reserved. |