老人のための施設があちこちに建っていく。自分で身の回りのことができる人のお世話をする施設を「ケアハウス」と呼ぶ。95才のソノさんがケアハウスに入所して５年。がんになった。施設の人とも仲良しで、時々輸血すれば日常は同じように過ごせ、老人車押して歩ける。「人生で一番嬉しかった思い出は？」と、往診の日に尋ねてみた。歯は20本、見にくくなったとおっしゃるが耳はいい。「そうでございますね、うれしいこと、たくさんあって忘れますね」と答える。すぐ、「そう、私はちょっとしたことにびっくりする子で、すぐフラフラとなったんです。稲妻見てもナメクジ見てもフラッと倒れたんです」。なんだか目がキラキラしてきた。「そしたら父親が、これ飲め言ったんです。マムシを切り裂いて、骨を焼酎に漬けたのがあのころみんなの家にありましたから」。へえーと思った。万能置き薬だったんかあ。「ほんのちょっと口にしましたらびっくしました、その匂いと味に。急にフラフラっとしまして倒れてしまって、アハハ」。こちらも話しに引き込まれ、情景が浮かび、笑う。
「小学６年、いや高等小学校１年の時でしたか、出血してパンツ汚したんです。そうしましたら母親が、痔という病気もあるが多分それは生理、というものだというんです」。ソノさんが発音した言葉は新鮮だった。「明日から男の子といっしょに遊んではなりません、って。わたくしびっくりしまして、フラフラとして。男の子と遊んではいけない病気って何だろう、と思ったんです」。
また情景が浮かび、笑うというよりある種の感動を覚えた。「先生の質問の答えになってませんね」とソノさん。「いえいえ、答えを越えてますよ」とぼく。
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