言葉はボールのように屈曲する。ほんとの気持ちって、なかなか言葉にしにくい。
「このままだと、こいつらに殺される」と62才の進行がんの男性は言う。強く生きてきた人の強い口調。海に行きたいと言えば海に、山に行きたいと言えば山へ家族に連れててってもらったのに。大阪の兄弟に会いたいと言えば大阪へ、全身転移で寝たきりに近い状態の彼を妻と娘が献身的に支えてきたのに。「女房よ、いろいろ世話になったな、感謝する、と言うべき時が来た」と指導すると、「感謝せん、鬼嫁だ」と切り返す。「今までの我が道を行くぞ路線から、皆にすまんなあ〜路線にチャンネルを変える時が来た」と指導し直すと「チャンネルは変えん。今ごろチャンネルあらせん」。
横にいた奥さんが、「田植えをした息子にようがんばったなあって、あんたの口から直に言ってやって、喜ぶ」と言うと、「言わん、そんなこと」。「仕事が遅いとか、稲の列がそろっとらんって言わずに。ぼくはお母さんや妹みたいに何もしてあげとらんって言っとった。あんたの一言で救われる」と奥さんは続けた。「わしゃあ店長だ。店長は店員がおはようございます、と言ったら、よしっ、だ。仕事終わって失礼します、と言ったら、よしっ、だ」と譲らない。死はもう近くに来ている。今まで、手術に抗がん剤に輸血にと闘ってきた。そのあとのしめくくりのような場面を今迎えている。この時にこそ、何か大切な一言が彼の中から生まれないものか、と思った時男性はしゃべった。
「ありがとう、ちゃなこと言ってしまったら、悲しゅうなる。そんなこと言ってしまったら、悲しゅうなってわし泣いてしまう。そんな姿みせらせん。わしよう言わん」。男性の顔は崩れ、崩れた顔に涙が伝っていた。
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