徳永進_エッセイ

野の花あったか話



第６０回　Happy birthday dear ひろこさん




	お母さんの病気、中学２先生の子にどう伝えるか。いつも悩む。14才はもう子どもじゃない。いろんなことを考え、悩み、受け止める。10才の子だって、６才だって、大人が思っているほど、子どもじゃない。でも病気は治ることはない。いつかお母さんは、この世にいなくなる。　「息子には言わずに、このままの流れで。言うべきことは、私がころあいを見て」と、人のよさそうなご主人。45才での高齢出産で、女性は母になった。喜びはひとしお。どの家にもいろんな事情はある。　「今言わず、ころあいを見て」、それでいい。　「スタバに息子と行きたい」、とお母さん。希望を叶えたのは、ご主人。スタバに並んで飲んで食べて帰って、手土産を病棟スタッフに持ち帰ってくれた。病気があるとは思えないくらいニットの帽子がよく似合った。「楽しかった」と14才。　熱が出て、多量の嘔吐をした。病状は進行する。負けず、「家に帰って、一泊したい」と彼女。どこにそんな力が残っているのだろう。母、故か。桜並木が階下に見下ろせる、診療所近くのマンションの一角。「これが息子の部屋。プラモデルの飛行機見てやって下さい」。一泊された。　おなかの痛みが続いた。体力は落ち、限界が近づいた。看護師が気付いた。「来週の土曜日、お誕生日です」。14才の少年は病室でスマホを見たり、テレビを見たり、お母さんをちらと見たり。血圧が下がり、尿が出なくなり、意識も遠のいた。ご主人と息子が病室に泊まった６月の土曜日の朝、彼女は二人に見守られ息を引き取った。　診療所を出発する前、職員がラウンジに集まった。他界の日が59才の誕生日。彼女のベッドを囲んで、皆が静かにうたった。「Happy birthday to you,…… Happy birthday dear ひろこさん Happy birthday to you.」


	（ 2015年6月27日朝日新聞掲載。2015年6月24日記)

	★この原稿は、朝日新聞鳥取県版連載の『野の花あったか話』（徳永進）のオリジナル原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。

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