「今日はわるいことを言った」と詰所で看護師さん。家で過ごしている78才の女性宅へ、この日初めて訪問看護で行ったのだそうだ。患者さんは手術に各種抗がん剤療法を済ませている。脱毛して衰弱しておられた。髪もふさふさで若々しい男性が、かいがいしく看病をされていた。「ご苦労さまです、息子さんですか？」と看護師は声を掛けた。「いえ、亭主です」と、患者さんから返ってきた。「患者さんを傷つけた、悪いことを言った」としょげていた。
初めて訪ねて行く家は、誰が誰だかよく分からない。「ご主人ですか？」と尋ねたら「息子です、見えませんか」だったり、「そっくり、お嬢さんですか？」と聞いたら「嫁ですー」とふてくされたりされる。
とても親しそうに話されている人があって「ご親類の方ですか？」と訪ねると「いえ、近所の者です」だったり、「信仰仲間です」もある。末期の男性の横にちょっときれいな女性が座っておられた。誰だろう。聞かないのが原則だが、ドジして聞いたことがある。「奥さん、ですか？」。ちょっと間があいて、「ええ、昔」、だった。「元妻なの」と明るく笑われ、大事にはならずに済んだ。
他にもある。「恵」という名前の患者さんがいて、冬、初めて往診した時だった。炬燵に老夫婦が二人、ちょこんと座ってみかんを食べていた。「どうですか」「どうされましたか、いつから」とか聞いて、女性の脈みたり、聴診したり、打診して血圧を計ろうとした時だった。「あのー、患者はわしです」と隣のおじいさんが言った。慌ててカルテを見返すと、性別、男性、とあった。恵は男でもある。
決めつけてはいけない。誰が誰だか分からない。認知症の人のように、こちらが「えーと、どなたさんでしたか？」が、一番安全のようだ。
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