冬の雪の日の白が嘘のように、庭や里山を新しいうす緑が覆いつくす。桜のうすいピンク色が記憶に残っていて、新緑がその上に重なる。日本人には、冬から初夏への、白、うすピンク、うす緑の色のリレーが心象に残っていく。雪多い所では、この色のリレーは強く残る。
市内に往診に出かける。初診の人。いや初診ともいえないか。数年前、その人の奥さんの最期の日々を、訪問看護と往診でみさせてもらった。その人は、亡くなっていかれる奥さんの世話を精根込めてされた。「ああ、先生。その節はお世話になりました。今度はわしです」、と。「女房もおらんようになって、もう死んだ方がええわ思いました。でもこれらが一生懸命してくれますので、気を取り直しとるところです」。息子さん夫婦がベッドサイドに立っていた。人の好さそうなご夫婦で、困惑した顔で一礼された。
病気は肺がんで、手術も抗がん剤もすでに適応ではなかった。「こことここが痛みます」と、右前胸部と左背部を指差す。診察し、採血などするとその人はおっしゃった。
「もう一回、緑、みたいな思いましてな」。鳥取の東南部の故郷に、別に、家と田んぼがあるのだそうだ。まわりは山々に囲まれている。自分でいろんな野菜を作ってきた。「いいですな緑、山のも田んぼのも。見てみたい」。おっしゃらなかったが、「緑見ると生きる力、もらいます」と続くようだった。「それと金、金儲けたろ思いました」。急の転回に驚いた。昔買っていた株が値を上げている。それを売って金儲けする、と。「それはいい」と、なぜだか迷わず、相槌が打てた。
「行ってきました、これに乗せてもらって。故郷の緑、みてきました」。次の往診日に、嬉しそうな顔で報告された。息子さんたちも嬉しそうな顔だった。
|
