「最後を家で過ごしたい、と申されます。情況は厳しいのですが、よろしく」と、総合病院の主治医から紹介状。午後、訪問看護師と田園地帯にあるお宅にお邪魔した。80才の男性は、畳を敷いた布団に寝ていた。黄疸がかなり進行している。昔は大手電気会社に勤めていたそうだ。今、二人暮らし。
「米作りは私がしました。主人は土日に手伝うだけで」、と奥さん。病気は一週間前に判明。急速な展開に付いていくのが奥さんも精一杯。でも明るく振舞われた。介護用のベッドを入れてもらうことを提案した。食欲はなかった。牛乳とＣ．Ｃ．レモンだけが飲めた。点滴が必要と判断し、点滴ラインを確保し、いつでもどんな薬でも注入できるようにした。
「病名や病状の説明は受けられましたか？」と聞くと、「別の部屋にこれらだけが呼ばれて、わしゃ聞いとりません」と怒り顔。「病名は知っとります」と小声で奥さん。残ってる日は一週間と考えた。
黄疸はさらに進行。歩行も難しくなった。ポータブルトイレを診療所から届けた。「いらん、歩ける」と使用拒否。居間から台所に降りてトイレへ行くのにかなりの段差がある。50年以上使った段差。バリアフリーという言葉が流行する時代だが、真反対の古い家。段差は不便だが、味はある。介護道具で段差を解除すると味がない。「いらんいらん、そんなもん」と男性。「こんな言い方ですが、根はやさしい人です。風呂を焚いて、畑仕事済ませた私に、先に入れって言ってくれます」。
一週後の朝６時、携帯が鳴った。田んぼの中の一本道を走ると、正面に赤い大きな朝日。家に上がると奥さんと訪問看護師が静かに座っていた。「夜中二人仕事で、段差をおりてトイレ行きました」と奥さん、目に涙。三人でＣ．Ｃ．レモンでお別れをした。
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