夜の10時、診療所から電話が入る。「先生通院中の患者さんからです。転送します」。出て来たご主人が、「家内が先ほどから嘔吐して、頭も痛い、言います」。救急車呼んですぐ来て、と言って切り、診療所へ向かった。ＣＴをスタンバイして待っていると、救急車ではなく、ご主人が自家用車を運転し、奥さんをのせて来た。患者さん82才、ご主人85才。
ＣＴで脳や肺には異常なかった。血圧が上２１０、下１００と高い。頭痛や、頭のフラフラ、胸のモヤモヤ、嘔吐は、この一過性高血圧のせいのようだ。追加の降圧剤を処方して、１，２泊の入院をすすめた。
50年前、ぼくはこのご夫婦に世話になった。中学生のころで、夫婦は今はない「なの屋」というお好み焼き＆やきそば屋をやっていた。狭い店なのに客はたくさんいた。学校帰りの同級生たちもいて、マンガを読み、焼き上がるのを待っていた。熱々の鉄板で、ジュッジュッジューと油や野菜が飛び跳ねた。主人が２枚のコテを、「はい、いらっしゃい」と言いながら、鉄板に当て、互いに当てていた。
「はい、焼きソバッ」、奥さんがカツオ節や青ノリを振った。ぼくには多目。あつあつ。ふうふう言いながら食べた。ソースも旨かった。「はいどうぞ、お好み焼きっ」。マヨネーズがかかったトロッとしたソースがお腹にしみた。
「あのころ、焼きソバが50円でした。肉入りだと60円、お好み焼きも50円で、イカ、エビ入りが60円でした。大盛りが65円。」なんでだろう、とにかくおいしかった。「私ら夫婦も一生懸命働きました、一番いいころでした」。「入院したら安心して、何だかホッとしました」。血圧も下がって、二人ともおだやかな顔に戻っていった。よかったと、ぼくは思った。
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