往診日、診療所を午前９時半過ぎに出発する。順番は大体決まっていて、その方が先方も都合がいい。欠点がある。最後に訪問する老人施設に入院しているソノさん、いつもお昼御飯の真最中なのだ。こちらもちょっと顔を見て、脈見て、足の浮腫見て「すみません、すみません」と聴診して、そそくさと失礼しないと失礼になる気がする。そうだ、順番を変えよう。ソノさんを一番にして往診することにした。ゆっくりと診察できた。額にできた腫瘤が少しずつ大きくなっていた。施設の人とも話しができた。採血もゆっくりさせてもらえた。往診はこうじゃなくちゃあと、満足して次へと回った。
最後となった患者さん、いつもは早い時間に訪問する人。90才の農婦のシノさん、病気は消化器がん。抗がん剤の内服を中止とし、ステロイド剤の少量服用を始めて、活気が戻ってきた。市街地から少し離れた農村地帯。調子よく回れたぞと思いながら辿り着いた。ピンポーンと玄関の呼び鈴を鳴らし、ツカツカとシノさんの部屋へ。「おじゃまでーす」とドアを開けると、ベッドの上、シノさんいない。「ああ、先生、すみません。台所です。お昼御飯です」とお嫁さん。しまった、あちらを立てればこちらが立たず、だ。「さあ、一緒にどうぞ」と台所に通されてびっくり。ミニトマトの手作り味噌煮、小イチジクのワイン煮、カボチャの煮たの、焼き魚、栗おこわ、小カブのまびき奈煮、真赤な梅干し、焼きうどん。まるで総菜屋さんのよう。「梅はうちの果樹園に実ったのを私が塩だけで漬けたんですで、食べてみなんせえ」とシノさん活気あり。思わず一口、美味い。箸止まらず、全品、一口ずつ。同行の看護師さんも「おいしいー」、箸止まらず。どつぼにはまったあと思ったが、梅干しさんに拾われた。
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