10月の下旬の土曜日の真夜中、枕元の携帯電話が鳴った。海辺の肺がんの92才の男性の息が止まったようです、と当直ナース。飛び起きて、スピード出して、点滅信号を渡っていった。「寝息せんなあ思って、手触ったら、冷とうて」と温厚な奥さん。患者さん、飄飄として家の人にも人気だった。静かな往生。空には、夏の三角形が西、オリオン座が東。季節が大きく変わっていく。エンゼルケアに出掛けるナースとバトンタッチ。その間、病棟にお留守番。
さっそく「ピンポーン」と17号室。「喉が渇いて、お茶を下さい、あっ先生ですか」と直腸がんの80才の女性。６時前、死亡診断書を書いたり、紹介して下さった先生に報告文を書いたりしていると、朝の光がキラキラとラウンジに射してきた。
入院患者さんの朝の顔拭きタオルを配る時間だ。電子レンジで８本の濡れたタオルを熱くする。発砲スチロールのケースに入れ、配り始める。７時前。「おはようございます、熱々タオルです」と言って、顔をそっと拭く。７号室の神経難病の女性は「センセ、アリガト、アリガト」と言って笑った。手も指も拭く。
トントン。13号室の70才の女性は、入院してスタートしたモルヒネの持続皮下注が奏功し眉間のシワが消えた。「あーあ、温ったかー、温ったかー」。
11号室の73才の光次郎さんは、受け取るや否や顔と目尻、口元、耳、指、と自分で全部拭き、「これで今日が始まる」とニカッと笑う。がんは進行してるのに、精神は崩れない。18号室のお寺の元坊守さんは、衰弱気味で手の力弱く、自分では拭けない。「気持ちいいー、ああもったいない、気持ちいいー」と手を合わせられた。医者なのに、こんなに皆に感謝されたことはない。看護師さんっていい仕事させてもらってるんだ、と思った。
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