この夏は雨が多かった。台風もたくさんやってきたし、大きな土砂崩れも生じ、たくさんの犠牲者がでた。いつもなら秘密の浦富の海で、カラスも驚く、超短めの行水をして夏を乗り越えていたのに、それも叶わなかった。
夏の日の往診は、スポーツドリンクを冷凍庫で氷らせたのが配給になる。肩まで暑さで包まれる夏は、午前中の往診でスポーツドリンクは飲み干されるのに、今年は午後になっても無くならなかった。家々にも湿気が感じられた。夏はどこかで消えた。
築50年の木造アパートに暮らす90才のトムじいさんの部屋も湿っぽかった。夜、這って、あらぬところであらぬことをしたりするので、寝たきりとは呼べないが、ほぼ寝たきり。聞えてるのか聞えないのか、答えはいつもとんちんかん。時々はっきり、「いたい」「やだやだ」がでる。たまに「ありがと」も出て、びっくりすることもある。
その日は夏の終わりの珍しい晴れの日の午後。トムさんの身体はＯＫ、気になったのは敷布団が湿っぽいことだった。同行の看護師が上手にトムさんを横にし、ぼくが布団を引き抜いた。「ごくろうさん」とトムさん。分かってるんだ。アパートの前の、コンクリートのブロック塀に「よっこらしょっ」と重い敷布団を引っかけた。日射しを待つ夏も珍しい。振り返ると、反対側の水色のフェンスにくるくると蔓が巻いてるのが目に止まった。よく見ると、むかごの実がくっついている。大小不同、いくつも。見事な実、豊作だ。布団が干し上がったころ、布団を仕舞いに看護師さんがもう一度訪問することになった。むかごの収穫も同時に、と依頼した。
翌日の昼食、診療所の食卓にむかごのあったかご飯があった。何とも言えずいい味。「おいしー」と職員。夏の終わりの布団干しの、だちん。
|
