60代の女性。10年前からがんと共に生きてきた。ご主人と二人、東京で闘ってきた。病気は進行し、女性は帰郷を望んだ。ご主人は許諾した。梅雨のころ、「訪問看護って、願えますか」とご主人から電話。
住まいは鳥取の市街地のマンション。町が眼下に見下ろせる。女性は両下肢に浮腫。胸水も腹水も溜って立つことも至難なのに「私この町大好き、懐かしいの」と明るい。ご主人の介護でやっとのこと車椅子へ移動。
訪問看護と訪問介護が始まった。女性の体は動かなくなったが、言葉は淀まず出た。ご主人は妻のため小まめに動く。時に、姫と下僕と写ることもあった。看護と介護に支えられ、二人の日々は満たされた。だが、ひと月が経つと波が来た。波は次々と来た。
ひとつは著しい浮腫。躯幹に広がった。寝返りどころか、立て膝さえ困難となった。アルブミン製剤と多めの利尿剤でしのげた。「入院は？」と尋ねると二人とも「ＮＯ」。「私の父も家で逝きました」「ぼくたち、東京のマンション売って、ここを買いました。ここがいいんです」。次の波は失禁だった。ベッドの横のポータブルトイレに移そうとしたが、間に合わなかった。あちこちが汚れた。二人は途方に暮れた。家に居続けることに自信を失い、不安を覚えた。看護師が上手なオムツ交換秘技を伝授した。ご主人、できた。二人に笑顔が戻った。「家で、やれるよね」。
次の波は、努力呼吸に軽いけいれん。ご主人の顔に再び不安がよぎった。診療所に入院した。ご主人、ほっとした顔になった。その二日後、女性は伴走者に看取られた。
「これでいいんです。家内は、東京じゃなく故郷に帰りたかった。家でも診療所でも、鳥取ならどちらでもよかったんです」、と目をうるませた。ぼくらとは、50日間の関わり。
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