仕事するって難しい。どんな仕事も大変だ。技術がいる。すぐに身に付かない。緊張する。仕事もだけど、人間関係が大変。「仕事は何ですか？」と診察室で聞くことは多い。「無職です」「いや今じゃなく、昔は？」と聞き直す。「百姓でした」「漁師でした」「木こりです」「教員でした」。昔というのはおよそ30年〜50年前。皆さん、何となく遠慮しがちだが、背を少し伸ばし、誇りを持って答えられる。比べることはできないが、受診する若い人は、「飲食関係です」「ネット系です」「別にー」「今、ムショク」。誇りは、まだまだこれから、と思える。成熟社会の弱点だろう。いや、成熟社会じゃないのかも知れない。
35才のＪさんも、仕事が見つからず、気持ちが落ち込んで受診したが、ハローワークの紹介で、農業従事者研修員として一年間働くことにした。やってみると、農業への道は厳しく、遠くに思えた。イネか葉物野菜か、果実か白ネギか、何を作る農夫になるのか、考えると不安が増し、気力がなくなった。
研修が終わり、４月から独立。農地代、ビニールハウス設置代、苗代、肥料代、人件費を金融機関から借金し、トマト栽培を開始した。「実がなるかどうか、考えると眠れん日あります」。
７月、午前の診察が済んで往診に出かけようとすると、駐車場にＪさんが立っていた。黒い小箱を両手で抱えていた。「これ、食べてみて下さい」。フタを空けると、真赤なトマト二種類とちょっととんがった黄色のトマトがきれいに並んでいた。思わず、赤のトマトを一つ取り出し、そのままかぶりついた。うまい、酸っぱくて、深く甘い。見事な完熟トマトの味が口に広がった。「これはいい」と祝福の気持ちが自然と湧いて肩を叩いた。「ほ、ほんとうですか」とうれしそうな顔の彼。
|
