鳥は風を瞬時に捉える。方角は北、もっと強くなどと風に命じることはない。いま、ここ、のこの風を捉える。ヒマラヤを越えるツルも、アンデスを飛翔するコンドルも。
臨床で働いているとそれに似た場面に出会うことがある。
62才のがんの末期の女性。ご主人を半年前に難病で亡くされている。転移した肝臓が日ごとに大きくなる。左下肢の麻痺がすすむ。死のことは承知されている。「盆に、大阪から来る孫娘に浴衣を着せてあげたい。それが済んだら月末に入院して、３泊４日ぐらいで逝きたい」と明るい顔。彼女のスケジュール通りに事は進み、入院。マンションに同居していた息子さん夫婦が日常の世話をし、時々、大阪の娘さんが孫娘と車で来る。病状は一日毎に進む。黄疸も強くなる。口は渇き、氷片だけが彼女を支える。体の衰弱は止まらない。
９月になった。日曜日、ぼくは病室に入る。息子夫婦と娘と孫娘がいた。彼女は、昼下がり、特殊風呂に入れてもらい、大好きなアイスコーヒーを飲み終えたところだった。さわやかな顔で「先生、どっちもよかった。そろそろ逝かせて下さい」。病室を出た直後に気付いた。全員が揃っている、そうだ全員でカンファランスルームで話し合おう、いま、と思った。ナースとぼくの合計６人がテーブルで輪になった。「母の意志通りに。２年半、そばで見てきて、がんばったと思います」と息子、迷わず。「寂しいですけどね」と娘さん。「生きてて欲しい、大好きだから。でもおばあちゃんの立場になったら、楽にしてあげたい気も」と孫娘は泣く。皆が自分の感じたことを話す。深刻なことを話し合っているのに、場に温っかいものが流れていた。
いま、ここで、このこと、を捉える鳥になることを、臨床で働く私たちは求められることがある。
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