「ほんとにお世話になりました。ありがたかったです」と30才の息子さんがあいさつに見えた。亡くなったのは63才のお父さん。
４月下旬の日曜の午後、「３年前からがんで、食べれんようになった寝たきりの父、診てやって欲しい」とおろおろした顔で彼は尋ねて来た。すぐ訪問した。海岸沿いの道を左に曲ると、新緑の山に囲まれた集落があった。そこに町立集団住宅があって、その一角の一戸建て住宅の簡素なベッドにお父さんは寝ていた。散乱した部屋。一週間は残っていないかも知れないと思った。飢餓、衰弱、るいそう。「自分ではどう思います？」と尋ねると、弱々しく笑って指２本を立てた。「ニカゲツモタマイ」。町の小さな会社に勤めている息子さんが、一人で父を看取ることは難しい。診療所に入院してもらうことにした。夕方、息子さんは父を車に乗せてやってきた。病室に入ると、父も息子も安堵した顔に変わった。
どの家庭もいろんな問題を抱えている。息子さんは、父はよくない人だけど、見捨てれない、という。10年前に母と離婚。経済的な問題その他のことごとが重なった。途方に暮れてネットでこの診療所を探した、と。
翌朝、急変。血圧が下がり呼吸が止まった。当直ナースの咄嗟の処置でもち直した。息子は父のベッドの下の簡易の畳の上に布団を敷いてもらって寝、朝、会社に出かけた。６日の朝、お父さんは亡くなった。息子さんはゆっくりと着陸していく父を見た。
「嬉しかったです、看護師さんに父が風呂に入れてもらって。ぼくにも用意してもらって。それと、先生が、父はぼくのために、死んでいく人間の姿を見せてくれている、恐れず学べ、と言って下さったことです。そうなのだ、と思いました」といい顔で語った。「お礼が言いたくて来ました」。
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