徳永進_エッセイ

野の花のあったか話



第１１回　はま大根の花




	診療所のラウンジで、久しぶりにお別れ会があった。亡くなったのは、76才の膵がんのＴ子さん。近くのアパートでひとり暮らしだった。　初めての訪問の時、びっくり。部屋は足の踏み場もないほどに散乱。皆で掃除した。一ヵ月後腹水が急に増え、診療所に入院してもらった。　お別れ会に参加したのは、北栄町から繁く通ってくれたやさしい弟さん夫婦。あいさつで、「ひと言で言えない波乱の人生でした。いろんな人に迷惑を掛けた人です。皆さんに大きく受け止めていただき、深く感謝です」。思い出した。一ヵ月前、考えられないことが起こった。がんを抱え、寝たきりと思ったＴ子さん、２階のアパートを抜け出しパチンコ屋に行った。帰りにつまづきころび、救急車呼んで総合病院に運ばれ、その日のうちにアパートに帰った。恥骨々折。秘密にしていたが、病院からの紹介状でバレた。皆が彼女の底力にびっくり。「うち死にとうない、生きたい、生きたい」。　入院してからは全身の浮腫で、畳に下りたり、ベッドにあがったり、転々。痰がゴロゴロと出始めた。注射で何とか眠り始めても何度も目覚めた。弟さんがいっしょに泊った。入院して５日目、死が訪れた。診療所でお通夜などで二日を過ごし、ラウンジでのお別れ会となった。　お別れ会に、見知らぬ女性が黒い服で参加していた。「アパートの大家です。Ｔ子さんはきれい好きで、アパートをわが家のように思って、庭に花を植え、美しく管理して下さいました。いい人でした」。意外な讃辞に皆びっくり。いいとこあったんだ。　柩に入れた花は、近くの川の川べりに群生しているはま大根とレンゲ。職員が両手いっぱい採ってきた。Ｔ子さん、野の花たちにこっぽりと包まれ、きれいな顔で旅立っていった。


	（ 2014年5月10日朝日新聞掲載。4月25日記。）

	★この原稿は、朝日新聞鳥取県版連載の『野の花のあったか話』（徳永進）のオリジナル原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。

エッセイ目次に帰る

Home へ戻る