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第２９回 キムタク |
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総合病院から七十歳の丘緑さんが転院してきた。胃がん。主訴は労作後の呼吸困難。ＣＴで見ると両肺は真っ白。空気が入るスペースはわずか。抗がん剤治療は十分してきた。残っているのはモルヒネの持続皮下注射とステロイドの静脈内投与。二日後に効果が表れ、「楽です。トイレに立てます｣。よかった。｢痛みは？｣｢痛みはありません｣｢悩みは？｣｢悩み？あります。でも話せば長いのでやめます」
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家族カンファレンスを持った。｢会社、二人でやってきました。男っぽいとこあります。内緒でたばこ吸ってたのが、原因でしょうか｣とご主人。｢ストレスでがんになることあります？」とお嬢さん。誰もが不条理の原因を探す。両方ともそれだけでは説明つかないと答え、｢梅雨空に稲妻が走った、と思ってくだされば｣と続けたが、いまいち説得力に欠けた。
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残された日は少ない、協力して良い一日をプレゼントできるよう工夫しましょうと言って、｢何か希望は？｣と尋ねた時だった。「母、ここの看護師さん、やさしくて、もう少し冷たいほうがいいって」。「あっ、はい、済みません」と担当ナース。人はいろいろ。やさしさも冷たさも、難しい。
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次の日、淡々と診察し、部屋を出ようとすると、壁にキャビネ大の若い男の写真が張ってあった。「これは？」と聞くと「キムタク、木村拓哉。ファンなの」。お嬢さんが「ねえ、おばあちゃんなのにねえ」と冷やかす。そうかと思って詰め所に戻って提案した。キムタクの大きなポスター、壁に張ってあげない？提案は即決。ポスター探しが始まった。こういうことだと、スタッフの動きは俊敏だ。インターネットで調べ、あれよあれよのうちに、翌朝、等身大のポスターが届けられることになった。届いた。
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中居君、草彅君、香取君、稲垣君、そしてキムタクのＳＭＡＰの面々。若いナース、色めく。自信満々で病室にポスターをと思った時だった。担当するナースが病室から出てきた。「大きな写真は胸が圧迫され息苦しい。今のでいいそうです」。ガクッ。
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人は一人一人、その時その時、一事一事でみんな違うって知ってたのに、また失敗、失敗。
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持って行き場に困った大きなポスター、結局、ラウンジの太い円筒の柱をぐるりと取り巻いた。回診のたびキムタクらに会う。やつらにすべてを見られてる気もする。だから手を抜かず、緑さんを冷たーく、見に行く。
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| おまけ → 「ポスター｝ |
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★この原稿は、社団法人共同通信の「医師の目・人の目 野の花の人々」（徳永進）という配信原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。
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