|
|
第２７回 小さなレーダー |
|
|
|
|
朝の申し送りは八時三十分から九時までの三十分間である。二人のナースが当直し、受け持った約十人ずつの患者さんの、夜中の出来事を報告する。当直していて感じたこと、自分が考えたことも申し送る。
|
六月の朝、当直ナースが夜中の報告をした。そのあと｢５号室の戸川渚さんのことですが」と語り始めた。５号室はリンパ浮腫の患者さんが二週交代で入院する病室。リンパ浮腫って、子宮がんや乳がんの手術でリンパ節切除のあとに足や手にリンパ液がうっ滞して生じる浮腫のことである。
|
診療所にはリンパ浮腫治療のトレーニングを受け資格をもらっているナースが二人いる。かなりの効果が上がっていて、あまり問題のない病室なのに、と思っていた。
|
｢戸川さん、とても暗い、落ち込んだような顔されてるように思え、お話を聞きました。」
|
戸川渚さんは四十代で半年前に子宮がんと診断され、手術を受けた。手術時に腹水があり、腹水にがん細胞が見つかり、早期がんではなかった。術後に、両足にリンパ浮腫が生じ、この半年、休む間もなく次々と大きな困難に直面し続けていた。
|
当直ナースは語る。｢こんな病気になって、両親に申し訳ないと思うし、主人にも、私と結婚しなければ、こんな苦労をせず、子どものいる楽しい生活が送れたのに、と思って悔やむ、とおっしゃいました」
|
心の奥底に流れている本当の気持ちや不安が、当直ナースの小さなレーダーでキャッチされたんだと感じた。家族にも、医者にも、昼のナースにも話しづらいことが、当直ナースには漏らせた。ナースはうなずき、ただ聞いていたのだと思う。
|
ナースのマッサージ法や包帯法で下腿は一センチ縮んだ。戸川さんの顔に明るさが戻っていた。病室で｢大変でしょ？｣と声を掛けてみた。｢一番落ち込んだのが、この浮腫でした。がんって言われた時、ショックでしたが手術したら治る、と思ってました。腹水もショックでしたが抗がん剤で治る、と立ち直りました。でもリンパ浮腫は治らない、一生このままかと暗い気持ちでした｣
|
｢なぜ明るい顔に？｣と聞いてみた。
|
｢こんな治療法がある、見捨てられたんじゃない、希望があると思えたんです。ナースが手技を教えてくださるし、話をよく聞いてくださる｣ともの静かに答えられた。
|
あらためて、ナースの日々の技術、ナースの持つ小さな心のレーダー、希望そのものの大切さを知らされた。
|
|
|
|
|
|
|
★この原稿は、社団法人共同通信の「医師の目・人の目 野の花の人々」（徳永進）という配信原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。
|
|
|
