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第６８回 国民食堂ターラ |
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知らない国へ旅行する時､知らない町の病院へプラッと入ってみる。ベトナムのハノイへ行った時も、そうした。
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病院はたいていフリーパス。病室のベッドに重い病気の人が寝ていた。ベッドもカーテンも粗末だったけど､点滴がぶら下がっていて､看護婦さんがいて､同じだなあと思った。
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食堂があって新鮮な素材を使ったベトナム料理が並んでいて､誰でも食べられるようで､何だか大衆食堂みたいだった。
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ネパールのポカラに行った時も､プラッと国立病院に入ってみた。さらに質素な医療施設しか目に入らなかったけれど､家族の一団が布団と鍋を持ち込んで傍らにいた。家族愛って同じだなあと思った。
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イギリスのロンドンに行った時は､郊外のセントクリストファーホスピスにプラッと入ろうとしたら｢予約している？｣と言われて､外来部門だけを案内してもらった。
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お昼､外来に通うがんの患者さんたちが､車椅子に乗って､食堂のテーブルについていた。入院患者さんや友人たちもそこで食べられるようで､ちょっとしたにぎわうレストランのようだった。友だち､どこも同じ。
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夢と現実は乖離するけれど､ぼくはぼくたちの診療所にも､外に開かれた食堂を備えたい､と思っている。病院や診療所を、病気だけに対峙する空間に限るのは惜しい。
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そこに季節が､旬の魚や野菜が､暮らしの風が往来するのがいいと思う。友人とコーヒーを飲み、語る。家族が食事を共にする､近所の一人暮らしの老人がランチを食べに来る。
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コンビニやスーパーには､いろんな弁当が並んでいるし､行政も老人宅への弁当配達などの気配りをしてくれる。その一角を崩すのは至難だけれど､崩すのじゃなく､そうした食堂が育っていけばいいのに､と思っている。名前だけは開設時から付いていて、ネパール語で星を意味する｢ターラ｣。
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今､厨房では働いているのは、雪が降って給食中止などとならぬように、とお願いした近所の熟女性三人。それに車でやってくる若女性三人。料理って楽しいんだろうな､この六人､何だか活気がある。
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最近､町の魚屋さんが出入りして､いい感じ。地元の手作り野菜や､取り立て魚介類を料理して、ハノイの病院食堂のようになって､ロンドンのホスピスのように、友人たちと語らえたらいいなあと､思う。本気で､そんな｢国民食堂ターラ｣を夢見ている。
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★この原稿は、社団法人共同通信の「医師の目人の目 野の花の一日」（徳永進）という配信原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。連載タイトルと毎回のタイトルは、サイト独自に付す場合もある旨をお断りしておきます。
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