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野の花の一日



   第67回 本物のミッキー


 その人がしたいこと、そのことを実現させる。それがホスピススピリッツの根っこにはある。でも、日本人あまり自分を主張しない。
 「いろいろ山はありましたが、死ぬこと、今は承知しています。でも、子どもがちっちゃいし、その子たちを残して逝くことが心残りですね」
 小学一年生のナウ、中学一年生のナホの二人娘のお母さんは三十五歳、ナナさんである。難治の病気が肺にある。レントゲンやCTの写真を見ると、目の前で笑って話すナナさんが奇跡に思える。せきと息切れと腰痛。十歩ぐらいなら歩ける。酸素は離せない。
  「何かしたいこと、してほしいこと、ありませんか?」、会議室で若い看護婦さんが尋ねる。ナナさんはご主人の方を見る。「もう少し元気だったら、大きな旅行してみたいけど」とナナさん。
 外国旅行は無理だなと思って「どこ?」と聞いてみた。「ディズニー」とナナさん。「ディズニーシーです。ねえ?」とご主人。だったら行ける、とぼくは判断。「行きましょうよ」と自分も行く気の看護婦さん。「行く?」とご主人。「できれば、ナウとナホ連れて行きたい」
 ナナさん一家は一週間後に二泊三日でディズニーランドへ行くことになった。旅費は借金。知り合いの旅行代理店の店長がやって来て、いろいろと手配してくれた。在宅酸素会社にも連絡を取り、ホテルに酸素濃縮器は届くことになった。
 一週間後、一緒について行きたかった看護婦さん、デジカメで、診療所を出発する四人をパチリ。「元気でね」
 空っぽの病室を見て、何となく心配になる。大丈夫かな、ナナさん。夜、ご主人から電話。ナナさん、無事。二泊目も無事。
 帰ってくる日、春の嵐がやってきて、飛行機、飛ばず。ヒャッー。別のホテルに酸素濃縮器を手配。一日遅れでご一行四人、無事に朝の診療所に帰ってきた。ヤレヤレ。
 「どうだった?」「ミッキーマウスに会った。すごーくカワイかったー、本物だよ」とナウ。
  「カリブの海賊が迫力ありました。ぜんぶ、すごーくよかった」とナホ。「ビデオ、撮りまくりました。リストラされないようにして、旅費はローンで返します」とご主人。
 「よかった、ほんとによかったです。ナウもナホも、顔がはじけてて、うれしかった」とナナさん。ディズニーのおみやげもらって、ぼくら診療所のスタッフも、なんだか一緒にディズニーに行ったような気分だった。


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この原稿は、社団法人共同通信の「医師の目人の目 野の花の一日」(徳永進)という配信原稿を、サイト収蔵保存のため再録したものです。連載タイトルと毎回のタイトルは、サイト独自に付す場合もある旨をお断りしておきます。

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